2020年12月14日

令和2年12月12日

令和2年12月12日(土)
仮名論語P.116
子(し)の疾病(やまいおもき)なり。子路(しろ)、門人(もんじん)をして臣(しん)たらしむ。病間(やまいかん)なるときに日(のたま)わく、久(ひさ)しいかな、由(ゆう)の詐(いつわり)を行(おこ)なうや。臣無(しんな)くして臣有(しんあ)りと為(な)す。吾誰(われたれ)をか欺(あざむ)かん。天(てん)を欺(あざむ)かんか。且(か)つ予其(われそ)の臣(しん)の手(て)に死(し)なん与(よ)りは、無寧二三子(むしろにさんし)の手(て)に死(し)なんか。且(か)つ予縦(われたと)い大葬(たいそう)を得(え)ずとも、予道路(われどうろ)に死(し)なんや。

越後国岩船郡上保内村(現:新潟市西蒲区)出身 故小柳司氣太先生の名訳の紹介です。
「夫子将(まさ)に魯に返らんとするの時、疾病にかかりて頗(すこぶ)る危篤の状態なりしかば、子路はせめて夫子を従来の如く大夫の資格もて葬らばやと思ひ、その門人をして家臣の名を冒(おか)さしめたり。
病少しく怠(おこた)りしとき、夫子ふと之を聞き給いお仰せられるよう、『さてさて子路こそ自分の知らぬ永き間に、世を欺き人を詐(いつわ)りたることを行ふたる者かな。自分最早大夫の資格にあらず、されば家臣などあるべきにあらぬこと、世間誰しも知ることなり。虚栄を張らんがために、かかる白々しき詐りを行ふとも、誰か信とすべき、天を欺く者とこそいふべけれ。
且つ我れをして家臣あらしむとも、その手に死ぬるよりは、むしろ弟子(ていし)の看護を受けて死すること、はるかに勝れり。且つまたたとい大夫の礼葬を得ずとも、我が弟子などが我をこの道路に遺棄する者あるべきかは』と。深く子路が一時の私情に駆られて、公道顧みざるを戒めたる者なり」。

諸橋轍次「論語の講義」より
 この章句は「義理を外れた情諠はむしろ過ちであることを強く戒めたものである。」
 情諠(ジャウギ):人情と義理。よしみ。したしみ (大漢和辞典より)

晴耕雨読
 はやぶさ2 六つ年ミッション 見事に果たし 
       宙のみやげ 持ちに来て 何が出づるや 玉手箱      弘

2020年12月07日

令和2年12月5日

令和2年12月5日(土)
仮名論語P.115
顔(がん)淵(えん)、喟然(きぜん)として歎(たん)じて日(い)わく、之(これ)を仰(あお)げば弥高(いよいよたか)く、之(これ)を鑽(き)れば弥堅(いよいよかた)し。之(これ)を瞻(み)るに前(まえ)に在(あ)り。忽焉(こつえん)として後(しりえ)に在(あ)り。夫子循循然(ふうしじゅんじゅんぜん)として善(よ)く人(ひと)を誘(いざな)う。我(われ)を博(ひろ)むるに文(ぶん)を以(もっ)てし、我(われ)を約(やく)するに礼(れい)を以(もっ)てす。罷(や)めんと欲(ほっ)すれども能(あた)わず。既(すで)に吾(わ)が才(さい)を竭(つ)くせり。立(た)つ所有(ところあ)りて卓爾(たくじ)たるが如(ごと)し。之(これ)に従(したが)わんと欲(ほっ)すと雖(いえども)も、由末(よしな)きのみ。
〔 意訳 〕
顔淵がため息まじりにいった、「先生は、仰げば仰ぐほどますます高くそびえ立って、まぶしくて見上げることができない。切れば切るほどますます堅くなって、まったく刃が立たない。今、目の前にいたかと思っていると、いつの間にか後ろにいて、我々弟子達を見守って下さっている。先生は一つ一つ順序良く教えて下さる。たとえば、知識を広めるには学問を、経験を広めるには社会のルールを教えて下さる。だから、やめようと思ってもやめることができなくて、力の限り勉強するようになった。少しは成長して先生に近づいたかな?、と思っていると、もうはるかかなたにそびえ立っておられる。先生にはとても及びもつかないよ」と。(論語に学ぶ会より)
・仰之弥高=(これをあおげばいよいよたかく)➜仰(ぎょう)高(こう)=心豊かな人生の創造をめざす

四字熟語
博文約礼➜広く学問をして教養を積み、それを礼によって集約して本質を理解して実行すれば、道理から外れることはない。
(仮名論語P.77にも)
師にとっての最大の幸せは良き弟子を得ること。弟子にとって最大の幸せは良き師をえること。

2020年11月30日

令和2年11月28日

子(し)、斉衰者(しさいしゃ)と冕(べん)衣裳者(いしょうしゃ)と瞽者(こしゃ)とを見(み)れば、之(これ)を見(み)て少(わか)しと雖(いえど)も必(かなら)ず作(た)ち、之(これ)を過(す)ぐれば必(かなら)ず趨(はし)る。

仮名論語より
斉衰者(しさいしゃ)と冕(べん)衣裳者(いしょうしゃ)と瞽者(こしゃ)に会われると、年は若くても必ず立(作)ち、又その前を過ぎるときは、小走りにして必ず足を速められた。
・瞽者(こしゃ)➜楽師が多かった!➜音楽を演奏する人➜孔子は若いとき音楽の手ほど   
 きを受けた➜恩義がある?
 それ故、年に関係なく瞽者(こしゃ)に対しても自然に敬意を表すようになった。
 ➜故に、相手に寄らず気負わず自然に行動に出る➜それが礼!
第一に、喪に服している人
第二に、公務に服している人
第三に、目の不自由な人?
・斉衰者(しさいしゃ)➜喪服を着た人
・冕(べん)衣裳者(いしょうしゃ)➜大礼服を着ている人➜冠をつけて礼服を着た人➜衣裳=上下
・瞽者(こしゃ)➜目の不自由な人

・作ち(たち)➜立ち振る舞い➜所作
・趨る(はしる)➜・小走り➜その人たちが自分に礼をする労をかけないように!
         ・敬意を表すために
         ・じゃまにならないよう足早に通り過ぎる
         ・おごそかな歩き方
         ・趨(すう)という足の運び方。うやまい慎む
・趨の成り立ち➜走+芻(勹+屮=束ねた草・草を刈る・小さく束ねる)=雛、皺

礼➜心➜思いやり➜自然に現れることが本当の礼!

2020年11月23日

令和2年11月21日

令和2年11月21日(土)
子罕第九 仮名論語P.114
子(し)曰(のたま)わく、鳳(ほう)鳥(ちょう)至(いた)らず、河(か)、圖(と)を出(いだ)さず。吾(われ)已(や)んぬるかな。
「今の時代は、鳳凰も飛んでこなくなった。黄河からは図(と)を背負った龍馬も出なくなった。これでは私も生きている力がない」         (下村湖人『現代訳論語』)

・圖(と)(図) … 伏(ふっ)羲(き)の時、黄河から龍馬が八卦の元となった図を背負って出たという。
中国、伏羲(ふっき)氏の世、黄河に現れた竜馬(りょうま)の背に書いてあったという図。易の八卦(はっけ)は、これにかたどって作られたという。
伏羲(ふっき)
古代中国神話に登場する神または伝説上の帝王

この章は、明君が現れないのを孔子が嘆いていると解釈するのが通説であるが、
孔子自身が帝王の位に就けなかったのを嘆いているとする異説もある。
諸原轍次➜これは、哀世を嘆じた言葉である。鳳鳥の至ること、河図の出ることなどは、もちろん迷信であろうが、ただ孔子は、その通俗流伝の言葉を仮りて、己が道の世に行われぬことを嘆息したのである。
野口根太郎➜世を嘆く中にも、自分の覚悟を忘れない。・・つまり、私を活かすことの出来る君主が出ないということなのだろう。
四字熟語 鳳鳥不至
鳳凰が世に現れないことを嘆いた言葉

和歌論語  P.151 見尾勝馬氏(哲学者:明治27年生〜昭和21年没)
 いまの世は 鳳(ほう)鳥(てう)至らず 圖(と)も出(い)でず やむぬるかなと 夫子なげきぬ

令和2年11月14日

令和2年11月14日(土)
子罕第九 仮名論語P.114
子曰。吾有知乎哉。無知也。有鄙夫問於我。空空如也。我叩其兩端而竭焉。
子(し)曰(のたま)わく、吾(われ)知(し)ること有(あ)らんや、知(し)ること無(な)きなり。鄙夫(ひふ)有(あ)り我(われ)に問(と)う、空空如(こうこうじょ)たり。我(われ)其(そ)の両(りょう)端(たん)を叩(たた)きて竭(つく)す。

・鄙夫(ひふ)➜知識のない者。
・空空如(こうこうじょ)たり➜馬鹿正直なさま。愚直なさま。 諸橋轍次➜心に誠を持つやや愚直な人
・竭(つく)す➜十分に説明し尽くす。
「私が知っているだろうか?、いや何も知ってはいない。だが、もし、田舎の無知な人が私に物をたずねることがあるとして、それが本気で誠実でさえあれば、私は、物事の両端をたたいて徹底的に教えてやりたいと思う」         下村湖人『現代訳論語』
「子曰く、私が智恵者だなどとは見当外れでしょう。私の知恵袋はいつもからっぽです。それに聞き方の下手な者がやってこられるのは一層こまる。私の袋からは何も出てくるものがないのだ。これこの通りと、二つの隅を叩いて振って見せるばかりだ」 
この章は恐らく孔子が、単なる物知りとされ、知恵を借りにこられるのに反撥して、それはお門違いだと言いたかったのであろう。学問とはそんなものではないのだ。 宮崎市定

渋沢栄一「論語の読み方」P.239より
頭を大いに使って知恵をしぼり出す楽しみ
『私はいつも孔子の心を我が心として人に接している。私は今年85才の老齢であるけれども、毎朝少なくとも十人くらいの訪問客に応対している。私は遅くとも朝六時半には起きて入浴し、手紙にひととおり眼を通し、七時半に食事が終わると待っている訪問客に面会する。
 来訪の用向きは各人各様で、事業についての意見を求める人があり、寄付金の勧誘もあるし、就職の依頼もあり、いちいち数え切れないが、私を利用しようとして訪問する人も少なくない。
しかし私はどんな人に対しても、毎朝九時半から十時までは時間の許す限り面談し、その用向きについては、なるべく解決を与えてあげる主義を採っている』

和歌論語
 子曰わく、学びて時にこれを習う、亦た説ばしからずや
 子はのらす 恒に学びて 行はば よろこばしきは これよりぞなき    (見尾勝馬先生)
 折にふれ 学びし事を 繰り返す その会得こそ まことの喜悦      (田原省吾氏)